ここのところ、時々想うことがある。
それは、日本は「普通の国」になるべきということについてである。
憲法第九条を改正し、他国と同じように主権国家として主体的に国防を行なう
ということや、国家観を正し、国家としてのありうべき姿にして普通の国家に
なるべき。
確かに私においても以前はそのように考えていた。
しかし「普通の国」と唱える人たちの、感情論を先に立てた理屈になっていな
いあり方を見ると、「普通の国」になることが良いことだとは思えなくなってし
まう。
彼らの多くは実際や現実を踏まえずに日本の威信にばかり強くこだわるため
非常に狭量で排他的な内向きな考え方をする。
現実を考えないということでは過去におけるサヨクと全く同じで
考えが極端になっていることに気が付いていない。
そのようなあり方は既に保守を通り越しており、民族主義者や国粋主義者にな
っているのだが、本人たちは気が付いてはいない。
そのため国家としての発展、特に経済的な発展をどのようにしていくかの考え
が抜けているため、彼らの述べる「普通の国(国家観)」では日本という国を次
代に継承させことは出来ない。
今日の日本が様々な文化圏で高く評価され受け入れられているのは日本の文
化が多くの国々に対して様々な面において貢献していることにある。
珍しさ、親しみやすさ、礼儀正しさ、協調性、調和性、ホスピタリティ
きれい好き、日本食、武道、アート、ソフトパワー、科学力や工業力、そして
多くの分野の第一線で日本人個人が活躍しており、今や顔の見えなかった日本
からは既に脱却している。
そのようなあり方の多くは他を威圧するようなあり方からは遠くにあり
多くの国々の人たちを明るくさせることや、ほのぼのとした驚きや夢を与えている。
日本の文化は人々の日常に浸透し易い親しみやすさがあり
そのうえ日本の先端テクノロジーの様々がそれらを可能とさせてもいる。
また日本人と他民族との比較で最も大きく違っている点に、他の民族の場合は
民族特有のアクのようなものを感じるが、しかし日本の文化にはそのようなア
クが希薄なことがあり、押し付けがましさの無いところに日本という国の大き
な特徴がある。
そのような日本は世界がグローバルであることによって、恩恵を受け取ること
の出来る通商国家国日本として成り立っており、国家の安全保障を考えた場合、
日本のあり方は自らを守ることにもなる。
日本にとっての外交カードとして大変効果のあるカードであると考えるのだが
何故か民族主義や国粋主義に強く傾く人達の多くはこのことを考えられない。
我々日本民族の持つ様々な特徴を考えない彼らの「普通の国」という国家観は、
果たして正しいといえるのだろうか。

by hazunahana
小泉改革への想い